エンジニアのセンスとスピード感を磨く方法

大切なのはセンスとスピード感、若手エンジニアに役立つチップス

「クリント・イーストウッド」を観て心を入れ替えた

夜の9時頃からの映画館は空いていてそして料金も安い。

映画館まで夜だとロードスターで20分かからない距離。自分的には一番リラックスできる空間と時間を感じる。短時間の渋滞の無いドライブと静まり返った映画館。

残念ながらコロナで今は8時で閉館。大手の映画館であるが潰れないでくれること祈るのみ。

 

早い時間に映画館に行くのは渋滞もあるし、人も多い。

リラックスにならないので、今日はアマゾンで「運び屋」を観た。

これは映画館で見ていなかった。イーストウッドの映画なのであるのに反省している。

 映画は結構ヒットしたと思うので内容については触れないでおく。うまく書けないから。

 

クリントイーストウッドはかなりの年になっていたが、流石に渋い。

口数は少ないが、一言一言に味がある。

 

そこで感じたのが、俺は仕事でしゃべりすぎている。1つのことを説明するために10話している。これでもかと捻じ込むために。 

これはカッコ悪すぎる。 

なにごとも、かっこよくなければいけない。後悔した。

 

いくら説得しても納得しない(理解しようとしない)人に、熱心に話しても時間の無駄であることは常。仕事で情熱や熱心であることが一番大切なことであるとの信念は変わらないが、残念ながら通じない人や無能は、最近多く紛れ込んでしまっている。

 

この数年は、おかしなことに対して黙っていては、後々確実に皆に害が及ぶので、とにかく嫌われても絶対に阻止するつもりで、何事も望んできたつもりである。

しかし、その努力はあまり報われていない。担当者レベルには十分納得させることができても、最後の最後に彼の上長に却下されてしまうことがよくある。

結果は、指摘した通りの悪い結果になることが多いので、それみたことかなのであるが、最後の最後まで説得を貫けなかった責任はある。

 

こんな感じで、嫌われても熱心に説得をしてきたのであるが、クリントイーストウッドを見て、少ない言葉で相手に考えさせないといけないなと考えを変えた。

言葉の多さでなく、質だ。

 

明日から我慢して口数を減らし、気の利いた一言二言で勝負するようにしてみよう。かっこよく。

「DBA」

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 日本で我々は子供の時は親の言うこと、学校では先生の言う事、部活では先輩の言う事、会社では上司や偉い人の言うことを聞きなさいとずっと言われ続けてきた。

おかしいと感じて心は反発していたかもしれないが、絶対に逆らえないと思い込んで来た。

 

親や先生や上司が完璧でない事に気がつくのは、成人して何年も経ってから。

それでも長年洗脳されてきたので、おかしな指示でも逆らうことは出来ない。

また最悪なのは、与えられた指示がおかしくても気がつかないようになっている。

 

特に最近は若者はより素直でいい子になっている。なので、

若者には「上司や国が言っていることの半分はおかしいから、話半分で聞け」と言っている。

話の背景や目的をよく分析して、批判的に考えてから行動しろと。

指示が間違っていてもそれを受けておかしな結果になったら、上司も会社も誰もかばってくれないぞと。まず自分でよく考えろと。

「DBA」だ。Don't Believe Anybody.

 

仕事が出来ない人は、毎回おかしな行動をとる。なんでそうなると問いただすと、

答えはいつも「上司の〇〇さんに言われました」。つまり自分は言われたままやっただけなので責任ありません。どうしてそうしないといけないかを考えるのは私の仕事でありませんと、、、そんな時は上司に死ねと言われたら死ぬのかと、言いたいのですが最近は我慢して言わないようにしています。時代が時代なので。

 

 

大規模プロジェクトは、複雑だ。

上司は正しい指示を出来ない。上司には上司そしてまた上司がいる。伝言ゲームだ。

皆、自分に責任が無いような守る事が第一となってしまう。無理もない。

 

サイズが10倍なら、仕事を細かく分けて10倍の人を掛ければ出来るのだろうか。

有能な人材の数は限られている。増員されるのは素人と無能がかなり混じってしまう。

彼らが大人しくぼーとしていてくれれば害は無い。しかし何か仕事をやらせてしまうと、遅いしミスはするし間違える。その後始末で有能の時間が浪費されてしまう。デリケートな問題でもあるのであまり公表されていないが大規模プロジェクトの問題点である。難しいプロジェクトは少数精鋭が基本だ。アポロ計画だってスペースシャトル計画だって素人や無能を入れていたら成功しなかっただろう。

 

宇宙計画と民間のプロジェクトを比べるのは酷だが、日々想定外の問題が発生するプロジェクトは各々が適切な判断と処理能力を持った人選、少なくとも適材適所は必要である。

 

それでも人が足りないから、おかしな指示が出てくる。

 

上司も会社も誰もかばってくれないぞと。自分でよく考えろと。

「DBA」だ。Don't Believe Anybody.

 

 

「前向きな姿勢が必要だ」

大規模プロジェクトが混迷してくると、的外れなアイデアしか出せない無能はこれを言い出す。

「前向きな姿勢が必要だ」

こんな姿勢は全く役に立たない。
悲観的に考えて、損害が最小になる案を考えて選んでいくことに尽きる。
 
 
 この現代の記事、面白い。

「オリンピック」はなぜ中止にならないのか

「オリンピック」、

こんなに日本が疲弊しているのに、収入が減っている人が多くいるのに、誰も運動会なんて観たいと思っていないのに、誰ももうテレビなんて観てないのに、なんで辞められないんだ。

 

「大規模プロジェクト」、

どうして沢山の人をかけているのに遅れるんだ、どうして丁寧に見積もりしたのにいきなり予算オーバーするんだ、どうして議論ばかりで問題を解決できないだ、どうしてそんなどうでも良い事をせっせとやって大事なことを放置するんだ、どうしてうまくいかない原因があやふやになるんだ、どうして適材適所に人員をアサインされてないんだ、どうして無能に大事な仕事を任せて、反対にどうして有能にそんなどうでも良い事やらしているんだ。

 

 

「オリンピック」はなぜ中止できないのか。「大規模プロジェクト」もなぜ遅れるのか。

大きな要因は、ボスが一人でなく、利害関係の異なるボスが沢山いるから。

 

実際に計画して動いて働いているのは同じ人達でも、その上に違う組織のボスが違う事を言い過ぎる。

ボス達はボスが所属する組織の利益の為だけに要求を出す。全体最適化ではない。

今回の「オリンピック」ならもっとボス側から中止提案が出なくてはおかしい。でも自分から誰も言い出しっぺにならない。

 

実際に行動する人達はボス達の異なった指示の全てに従わないとならない。

判断は遅れ、行動に一貫性はなくなり、結果として混乱しうまくいかない。

 

ごちゃごちゃ書いたけど、

「船頭多くして船山に登る」に似た状況。

「PDCAサイクル」

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"PDCAサイクルは、品質管理などの業務管理における継続的な改善手法。Plan→ Do→ Check→ Actの4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善する。PDCAサイクルは、主に日本で使われ、Aだけが名詞のActionとされることもある。" ウィキペディア

 

 

工場の品質向上活動は中長期なのでとてもよく当てはまるPDCAですが、日々不確定要素が多いプロジェクトワークにPDCAを言われてもピンとこないものです。そのためPDCAに加えてOODA(ウーダ)という概念が出てきています。OODAに関しては検索すれば幾らでも出てくるので、気になったら検索してください。

 

PDCAサイクルはPとしてまず計画を立てます。そのプランに対してDO実行、CheckそしてA改善をします(求められます)。これは人事評価にもとても便利です。計画を立てさせてそれが達成できたかで評価すれば見えるか出来ます。

人事評価は手間ばかりかかり、メリットよりデメリットが多いのでやらない方が良いのが僕の持論であるのは付け加えておきます。

 

PDCAを大規模プロジェクトに適用すると、

Plan→ Do→ Check→ Actは違ったサイクルになります。

Plan→ Delay(遅延)→ Claim(苦情)→ Apologize (謝罪)

 

大規模プロジェクトはとにかくプラン通りに進みません。

プランの立て直して、また遅れて、また怒られて、また謝って、またプランの立て直して、遅れての繰り返し。

これが、大規模プロジェクトのPDCAサイクル

「教えたがりおじさん」

「教えたがりおじさん」が、ボーリング場やスイミングクラブで煙たがられているという話がネットで話題になっていた。

 

これってもしかして職場での俺の事ではないかと思い、皆に聞いてみた。

 

僕の日々の振る舞いは、非常に好意的に取ってくれている反応をもらった。本気にして良いのか半信半疑であるが、これからも今の調子で遠慮なくやって行こうと思う。

 

パワハラやバカにした態度をとっていない限りであれば「教えたがりおじさん」に対しては、反対に好意的に考えている人が多いようだった。それはアドバイスを必要としている若手に対してであるからであろう。

 

子供から親が嫌われる一番の理由は、頼まれもしない事をやること。良かれと思ってした事も余計なことと感じてしまう。頼まれない限り我慢して見守ることが親としては大事。

 

「教えたがりおじさん」は、街で職場で家庭で

それでも、見ていられなくなりアドバイスしたくなる時はあるだろう。

そんな時はほんの一言だけ囁くのがいいだろう。ほんのひとこだけ。

見て見ぬふりは良くない。

ここは「嫌われる勇気」を発揮。

 

何と言われようが、困っている様に見えた人が居たら、街であろうが職場であろうがいつでも声をかけることだ。

変なレッテル貼られても、わかる人にはわかるから。

「顧客」

お客様は神様ですと昔はよく言われましたが、最近あまり聞かない気がします。

反対にクレーマーやモンスターとして、厄介な客がハイライトされています。

 

Amazonの読み放題オプションで、時折り何か面白そうなものはないか徘徊して回っています。

今読んでいるのがAmazon創始者のベゾスに関する本。

ベゾスが株主宛に毎年発行しているレターを分析した内容。

「顧客にこだわる」についてが印象に残る。

 

感想は、

どんな企業でも顧客満足は言われているけど、ほとんど受け身であり、アマゾンのように積極的に求められているものを追求して便利なシステムになっていない。

お客様は神様ですと言われたことだけに対応することでなく、何を欲しているのか未来を見据えて短期的にも長期的にもシステムを作り上げて行くことがやれるのは、本当に有能でないと出来ないであろう。残念ながら日本企業の体質ではアマゾンの様な企業を作るのは無理だろう。

 

「こだわりを持つ」、この言葉だけが印象に残って他は特に覚えてないが、それでも読んだ価値はあった。

 

何度も「こだわり」と書いていたら、こだわりの意味がわからなくなってしまった。こだわりってなんだっけ。

見えている現象は結果

機械のトラブルで一番多いのが、異常な振動。

 

振動はなぜ起こるのか。

振動 = 加振力 / 剛性

 

振動させようとする力と、それを受ける物体の剛性とのバランスから、結果として振動として現れる。

 

現実には加振力の原因は色々あり難しい物もあるが、上の関係性をいつも頭に入れておく事が大事。

加振力も剛性も目に見えない、見えているのは振動。結果として現れている物だけが見えている。結果を決めている原因は一つでなく関係し合いバランスしている。そのバランスを調整すれば結果は変わる。

 

世の中に起こっているあらゆる現象も同じ。見えている現象は結果であり、その原因が背景にある。

 

原因を要因の言葉に置き換えて考えてみる。

 

見えている現象=要因1/ 要因2 +要因3 + ∮要因4 - 微分(要因5)・・・の様に

 

要因は一つでなく複数のものが絡み合ってはいる。

しかし主要因は2、3個に絞れるだろう。

それら要因はどのように関係しあって影響しあっているのか、、、

 

技術問題、社会問題、人間関係、問題に直面したら主要因を洗い出し関係性を考える。要因は消せなくても要因間で打ち消しあえるようなバランスを取れれば、結果として現れている問題は緩和出来るかも。

 

上記の話は過去と現在に関して。



将来については別の格言があります。

Your future depends on many things, but mostly on you.

あなたの将来は色々なことに影響されますが、ほとんどはあなた自身です。

「雑談」

 

ビジネスでのコミュニケーション向上のために雑談の重要性はご存知の通り。

ただ雑談と言ってもビジネスではありきたりの雑談でやってもやらなくても良いのではないかと思えてきた。そもそもコミュニケーションがうまく取れない人物が滑らかに雑談が出来るわけない。

無理矢理な雑談は苦痛でしかないから、無理にやらなくていい。そもそも雑談は好意を持った人としかしたくない。

 

アマゾンプライムで見たウディアレンのドラマで、ウッディの奥さんが家で知り合いのお婆さん達を集めて読書会をしている場面が何度も出てくる。そこで誰かが話をすると(話の内容自体ずれていておかしいが)、話の中の一部の単語に反応して他の人がその事について話し始め話が発散してどんどん逸れていく。話している内容は皆自分のことばかり。基本的に人の話はあまり聞いておらず自分の事ばかり話している。

年寄りの話は本当にこれが多い。最近の年老いた母親と話しているとつくづく感じる。

気をつけないと自分のどんどんそうなる予感。

 

 

そう言えば年寄り出なくても、職場での雑談でも起こっている。

我々リモートワークになってから、毎朝朝礼的に一日の予定を確認しあっている。最初にセイフティトークとして何か安全や健康に関する小話を順番にしている。

ある日の朝礼で、空気が乾燥して来たので加湿器を使っていると思うが、加湿器のタイプによっては菌が出てくる事があるので注意しましょうと誰かが話した。それに対して加湿器の仕組みの議論が始まり白熱していく、、僕は加湿器なんて要らない、バスタオルを濡らしてベットサイドに掛けておけば十分だと、人に教えてもらったことを知ったかぶりして話す、、皆、バラバラに言いたいことを言って終わり。

 

雑談は皆自分の話を聞いてもらいたいだけ。ストレス発散が一番の目的、それでいいのだろう。

ビジネス雑談なんてなったら、それは雑談にならない。

 

スケジュール

大規模プロジェクトはスコープも関わる人数や組織も多く、複雑でスケジュールは長い。

 

数多くのアクティビティが関連付けられスケジュールは複雑に絡み合う。

昔は経験豊富なエンジニアが頭の中で展開を想像しててスケジュールを手で引いていた。

今はコンピーターで項目とつながりを入れていればスケジュールは自動で書ける。

 

自動で書けると言っても契約された完成の日は決まっているので、それに合う様に完成予定日から逆算してスケジュールは決まっていく。

 

契約の完成日は遅らせられないので、時には無理矢理入っている様に見せるために、非現実的なスケジュールが押し付けられることもある。

 

どんなに頑張っても非現実的なスケジュールは直ぐに遅れ始め、立てらたスケジュールは意味を成さなくなり混乱し始める。

スケジュールの作り直しは当然されるが、作り直しをした端から遅れていく。

 

努力でカバー出来るものと、そうで無いものの区別が知識や経験が無いスケジュールエンジニアにはわからない。スケジュール作成ソフトの使い方とプロジェクトマネージメント手法を勉強しただけでは無理だ。

 

昔はプロジェクト規模は今より小さくそして仕事もシンプルだった。

シンプルとは本来の設計の仕事が中心で、設計や建設に直接関わらない管理主体の間接業務が少なかった。

スケジュールも経験豊富な設計や建設エンジニアで相談しながら作って行った。

それが今はスケジュールを立てる専門のエンジニアだけでやっているのではないだろうか。過去のデータを参考にデータを入れていけば出来るから。しかし設計と建設を実体験として身体に染み付いて居ないと非現実的なスケジュールになっていても解らない。

 

スケジュールを作る人が素人なら、自分の作業部分の日程だけを疑いもなく信じるのも素人。

自分の作業のインプット情報は、上流の仕事のアウトプット情報、下流の仕事のインプットは自分の仕事のアウトプット。

全部つながっている。

プロジェクトの進行をストーリー展開として全体を理解できなければならない。

どうも最近は自分の仕事がいつから始まりいつまでに終わらせないといけないかしか興味が無い人が増えた気がする。

これは仕事分担を明確にし過ぎて、与えられた仕事だけきっちりやればいいんだ、皆がそれぞれの役割の仕事をやっていれば、それが組み合わさり結果としてうまく行くんだと考えるようになっているのかもしれない。

 

スケジュールを点としての日程でなく、上流下流とのつながり、そして予定が崩れた時にどの様な影響があるのか、ストーリーとして頭の中で展開出来ないといけない。

 

大規模プロジェクトは予定通り進まないのが当たり前になっている。原因はスケジュールがそもそも現実的でないから。それが見極められずに与えられた予定で頑張るのはバカとしか言いようがない。現実的で無いなら無いなりのやり方を考えないと。

 

 

 

仕事は楽しくしないとダメだよ

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アマゾンプライムのテレビドラマ「ウディ・アレンの6つの危ない物語」を見ている。ウディアレンの映画はどれも皮肉が多く、皮肉好きな僕には学ぶことが多い。

 

このドラマは取り止めもなく展開して喋っているだけなので、ウディアレンファンでない限り観ることはお勧めしない。

 

ツイッターに出ていたウディアレンの言葉。

「仕事は楽しくしないとダメだよ」

映画監督の様な場合は好きでやっているはずだから楽しいはず。

 

この言葉の肝は、楽しくしないとダメということ。意識的に楽しくだ。

我々一般人の仕事は殆どが生活のための収入を得るため仕方ないことが多い。

 

通勤も大変だし、嫌な上司や同僚やお客さんもストレス。

それでも仕事の内容に意味があればやり甲斐はそれなりに出てくるのだけど、ブルシットジョブばかり。

 

仕事だから辛くて当たり前と諦め、仕方ないと我慢している事が多いだろう。

 

同じ様に仕事をするなら、楽しくしたい。

しかめっ面して、歯を食いしばりしても辛いだけ。

皮肉や愚痴を言い合い笑い飛ばし、自分の状況ををコメディの様に楽しくするほうがいい。

これは、どんなに深刻で真剣な場面で、冷静に自分の置かれた状況を客側的に判断出来る能力につながると思うんだ。

 

仕事に限らず、何事も楽しくしないとダメだよ。

うーむ、でもこのブログは説教臭くて楽しい内容は無いな。

オンライン会議当たり前になってしまった今、感じること。

今年に入ってから飛行機も新幹線も一度も乗っていないし会社にも2度しか行っていない。会議は全部オンライン。コロナ感染は困ったことだが、働き方改革は大きく加速した。もし5年前にコロナ感染が広まっていたら、今のオンライン環境は整っていなかったので、かなり苦しいことになっていたはず。タイミングだけは救い。

 

オンライン会議で個人的に感じていることを羅列する。

 

1)スケジュール調整が便利

仕事でもっぱら使っているのは、TEAMSとWEBEXであるが、両方とも非常に使いやすく性能がいい。スマートホンでも快適に使える。そしていいところはスケジュールソフトと連携してスケジュールに自動的に現れて、他の予定との調整が簡単。社内であれば他人の予定も確認できるので参加して欲しい人のスケジュールを一蘭にして空いている時間に会議をセットできる。どうでもいいブルシット会議招集が入ってきたら、同じ時間帯により重要そうな予定を入れて仕舞えば、参加できない理由付けにもなる。

 

2)資料準備がやりやすい

 数年前からすでに紙を節約しましょうの観点から、プロジェクターでスクリーンに投影して会議室で皆でみていた。スクリーンは必ずしも見やすいわけでないので、紙も同時にかなり配られていた。オンラインだと各自のPC画面で見るし、紙の代わりのファイルを送るので便利。資料の作成に関しても、ファイルを共有設定して事前に皆で書き込んで置くこともできるので非常に準備の質は上がる。欠点としては適当に人を招集してで話して終わりではなく、それなりちゃんと準備しないといけないので、費やす時間は減るどころか増えている感じ。

 

3)音声とカメラ

 個別のPCで参加してくれていれば、音は明瞭だしいいのであるが、会議室に一台のPCで集合マイク、カメラで参加するのが好きな人もいる。マイクから離れている人の声は反射音が混ざり聞きづらいし、集合写真的な画像を映されても誰がだれかわからない。とにかく相手側に苦痛を与えないように、音声と画像は明瞭にすること。あまりに気にしない人が多すぎると感じる。

 

4)声

 良い声で話してくれた方が聴いている方は心地よい。声質はどうしようもないけど、良い発声で話すようにしたい。

 

5)話し方

 お互いに知り合いであれば、話し方の癖はわかっている。彼は細かいどうでもいいことしか言わないとか、彼の話は皆に関係ない自分に関係あることだけアピールとか。。。知らない相手の話は、重要なのかマイナーなのか、質問なのか意見なのか、発言する時に最初に結論を述べた方が聞く方は聞きやすい。

話を順序だって、起承転結ではなすのが好きな人はいる。仕事の会議でそれを聞かされるのは苦痛。頭の中で先の結論がどうなんだと聞きながらぐるぐる思考が無駄に回ってしまう。ただボーと会議に参加している人は気にならないかもしれないが、すくなくとも僕は苦痛である。話はまず結論。そしてそれに対する。説明。この順番。結論が明確であれば、それ以上の説明はカットできる。これはオンラインだけでなくどんな会議でも同じなんだが、オンラインはなおさら。ビジネスと世間話は違う。

 

6)オンライン会議の今後

 コロナ感染が収束した後もオンライン会議はこのまま普通になるだろう。出張は経費の観点から経営より必要最低限に絞られる。リアルな接触、知らない土地にいく、偶然の出会い、それはリアルに動かないと起こり得ない。 年寄りは義務として若者にはリアル体験のチャンスを進んで与えること。 

 

自分がどんな場面で経験を積んで成長してきたかを思い出して。オンラインだけでは絶対に足りない。これが今回の結論なんだが、結論は最後になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感情を表さず対立を避けるJapanは本当か

最近は会議の初めにsafety talk として安全に関する小話をすることが決められている。コロナの話も出尽くしたので、海外のJVメンバーとの会議でカルチャーマップの図を使って会議メンバーである日本人、フランス人、イタリア人、アメリカ人、インド人、他の位置を確認して違いはあるからそれはそれで理解して仕事をしていきましょうね的なことを話した。

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www.peterfisk.com

フランス人に意見を求めたら、これまでも日本の会社と仕事をした経験から言うと、日本人も慣れてきてこのマップほど極端ではないよとのこと。確かにそうだフランス人もイタリア人も若い人たちも感情的であることもなく対立をしていることもあまりみない。

 

海外の会社と顧客とコミュニケーションを良くする事をとても考えて気をつけている事は良くなっているが、一方社内での気遣いは比べて足りない気がする。

日本人は白人の外国人には親切だが、アジア人や同じ日本人には比較的に親切でない。

 

色々な人々と一緒に仕事をスムースに気持ちよくするためには、なにがコツか。

とにかく誰に対しても、分け隔てなく、親切に礼儀正しく振る舞う。

それだけで心掛けていれば、自分も相手も気分良くなれると思う。

難しく考える必要はない。

親切をモットーにすべきと思った

NICE(愛想が良い、感じが良い人)に他人から思われたいのが行動基準に無意識になっていないだろうか。

とにかく嫌われたくない。だから言い争い、自己主張をできるだけ避け、その場凌ぎで同調してしまう。

同調したからと言って本当に同調しているわけでないから、言われたことだけやって、うまく出来なければやった感だけは出して嫌われないようにつくろっておわり。

いくら愛想が良くても行動が伴っていないとしばらくすると周りは気づく。こいつ調子良いだけで心がないと。

 

人間、心が無いとダメである。

心があるとはどういうことか。

心があるとは、困っている人に対して親切であるということ。

無愛想でも親切であれば周りは良い人だと気づく。

親切とは口先だけでなく実際に行動が必要。

 

自分の上位者に対してだけは異常に愛想良く親切な人は、下位や無関係者には冷たく反対な事が多い気がする。行動基準が違うのである。

親切とは上位者に対してでなく、困っている人に対してするものである。

 

良い人に思われたいとか、良い人になりたいなら、nice(愛想が良いとか、感じが良いとか)なんて気にしないで、いつも親切をモットーに行動基準を考えていれば何事も前向きになれる気がする。

 

ライフハッカーの記事。わかりやすい。

https://www.lifehacker.jp/amp/2021/02/why-you-should-be-kind-instead-of-nice.htmlwww.lifehacker.jp

 

 

YESMAN いろはかるた 後半

正月はとっくに終わってますが、かるたの続きです。怒り編。

 

【ち】知恵と力と勇気の子

 僕が物心ついたときはテレビは白黒だった。今での鮮明に記憶に鮮明に残っていて主題歌が頭に時々かかるのが「未来少年スーパージェッター」。主題歌の初めのところで、「知恵と力と勇気の子」と歌われている。 子供の教育目標は「知恵と力と勇気の子」でいいのではないだろうか。これをモットーに育っていけば、レベルの違いはあるにせよ、まっとうな人間になるはず。

 

【り】りこうなばか、ばかなりこう

 アベやスガのようなずる賢いばかは、バカな利口である高級官僚を支配する。人事権を抑えられても高級官僚は結託してがんばれ。

 

【ぬ】盗人猛々しい

 自民党の横暴は目に余る。悪事を働きそれがばれても開き直り全く責任を取らない。権力は必ず腐敗することを証明している。政権交代をしないとダメだ。

 

【る】ルール無用の悪党に

 子供の頃、真剣にタイガーマスクを見ていた。自民公明維新に正義のパンチをぶちかませ。

 

書くことが思いつかないと、小さい頃に見ていたテレビ番組の主題歌が頭にかかってくる。

無駄な記憶で脳を使ってるな。