老人は、病院のベッドに横たわっていた。医者は「余命一週間」と言ったが、本人はもう何年も前からそれを待っていた気がする。
「人生なんて、暇つぶしにすぎんよ」と、彼はかつてよく口にした。若い頃はその暇を仕事で潰し、中年になれば家族の世話で潰し、老いてからはテレビと散歩で潰してきた。
だが今、その暇がついに尽きようとしている。
看護師が言う。「最後に何かしたいことはありますか?」
老人は少し考えてから、こう頼んだ。
「昔、ある企業の実験に参加していてな。脳の記憶をアップロードする装置があったんじゃ。あれがまだ動くなら、使ってみたい」
数日後、小型の装置が運ばれてきた。かつての実験体だった彼に特別に許可が下りたのだ。装置は脳内の記憶を仮想空間に写し、意識はそこに“住む”ことができる。
「つまり、死んでも暇は続くわけか」と、老人は苦笑いした。
装置が起動し、意識が仮想空間へと転送される。
目を開けると、そこには若かりし頃の彼がいた。街も、空も、かつてのままだ。
「さあ、また暇をつぶそうか」と彼は呟いた。
その仮想世界では、時間は無限に伸びていた。だが、彼は気づく。“暇”とは、終わりがあるからこそ、意味があったのだ。
そして彼は、自らの意思でログアウトボタンを押した。
——
「…亡くなられました」と看護師が言う。だが彼の表情は、どこか晴れやかだった。