デジタル化という言葉には、未来の快適な光景が含まれている気がする。人手不足も渋滞も書類の山も、すべて消し去ってくれる魔法のような技術。だけど、実際の「デジタル化」の現場を見ると、その看板に見合った効率化がどれだけ実現されているのか、首をかしげたくなる場面が多々ある。
たとえば、セルフレジ。これも一見するとデジタル化の成功例に見えるが、よく考えると客自身がスキャン作業を肩代わりしているだけだ。これで「効率化しました」と言われても、それは店側の都合に過ぎない。本来の効率化とは、誰かが手間を肩代わりすることではなく、そもそもの手間をなくすことのはずだ。
設計業務のエセ効率化
こうした「エセ効率化」の問題は、設計業務の現場でも顕著だ。デジタル化や効率化を掲げて、「面倒な部分は外注化」や「他部署にデータ作成を任せる」という手法が取られることが多い。確かに、その担当者個人にとっては手間が減るだろう。しかし、これでは単に自分の作業を他人に押し付けているだけで、全体としての効率化には繋がらない。むしろ、外注や他部署の負担が増え、システム全体としての速度は低下することすらある。
真の効率化とは、「転嫁」ではなく「削減」である。たとえば、手作業でやっていた工程をソフトウェアで自動化することで、そもそもの作業自体をなくすことだ。日本の設計現場では、こうした「根本的な削減」を考えず、「とりあえず他にやらせる」文化が根付いている。この短絡的な発想では、全体の生産性を向上させるどころか、逆にチームの負荷を増やしてしまうケースが少なくない。
効率化とは、本来「全体の流れをスムーズにすること」である。それを「個人の手間を他人に押し付けること」、使いもしない情報をとにかくデジタル化と集めさせることだと勘違いしている限り、全体の効率化は実現しない。
大規模複雑プロジェクトの真のデジタル化は夢だろうか。